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大阪地方裁判所 昭和61年(ワ)740号 判決

原告

中西竜吉こと

中西隆

被告

大阪府

右代表者知事

岸昌

右指定代理人

西沢一

平塚勝康

増田俊男

木村圭一

主文

一  被告は、原告に対し、金一二万一〇八〇円及びこれに対する昭和六一年一月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その九を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金三〇二万二〇八〇円及びこれに対する昭和六一年一月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  不法行為の成立

(一) 原告は、昭和六〇年一二月二六日午後七時ころ、大阪市淀川区西三国所在の阪急電鉄宝塚線三国駅で下車し、同駅前路上を帰宅のため北方向に通行中であったところ、大阪府警淀川警察署西三国派出所(以下「西三国派出所」という。)勤務の警察官である中原保祐巡査部長(以下「中原巡査部長」という。)が、原告に対し、突然何の理由もなく職務質問をしてきた。

(二) これに対し、原告が答えずに立ち去ろうとしたところ、中原巡査部長は、原告の前に立ちふさがって原告の進行を妨害し、その際、原告の腕をつかんだり、引っ張ったりするなどの暴行を加えた。

(三) 更に、中原巡査部長は、原告を、西三国派出所に強制的に連行し、かつ、同派出所において数時間身柄を拘束し、その間原告の意に反して所持品検査を強行するなどした。

2  被告の責任

中原巡査部長は、被告の公権力の行使に当たる公務員であり、右不法行為は、その職務を行うについてなされたものであるから、被告は、国家賠償法一条により、原告の被った損害を賠償すべき責任がある。

3  損害

(一) 原告は、被告中原巡査部長の不法行為により、右上腕内側挫傷、右示指擦過創のため全治三日間の傷害を負い(以下「本件傷害」という。)、その治療費として金一万七〇八〇円、勤務先へのタクシーによる通勤のための交通費として金一〇〇〇円、傷害の状況の写真撮影のための費用として金四〇〇〇円を支出して、右各金員相当額の損害を被った。

(二) 更に、原告は、中原巡査部長の右不法行為により、精神的、肉体的苦痛を受け、これを金銭に見積ると少なくとも金三〇〇万円を下らない。

4  よって、原告は、被告に対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、金三〇二万二〇八〇円及びこれに対する不法行為以後の日である昭和六一年一月二九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求原因事実1のうち、原告が昭和六〇年一二月二六日夜、三国駅前路上を通行中、西三国派出所勤務の警察官である中原巡査部長が原告を停止させて質問をしたこと、その際、中原巡査部長が原告に対し西三国派出所への同行を求めたこと、西三国派出所内で、中原巡査部長が原告から所持品の提示を受けたことは認めるが、その余は否認する。

2  同2のうち、中原巡査部長が被告の公権力の行使に当たる公務員であることは認めるが、その余は争う。

3  同3は不知ないし争う。

三  被告の主張

本件職務質問及びその後の一連の経過は、次のとおりであり、右の点について何ら違法はない。

1  中原巡査部長は、昭和六〇年一二月二六日午後八時ころ、西三国派出所前において立番勤務中、阪急電鉄宝塚線三国駅方向から西三国派出所に向かって歩いて来る三四、五歳ぐらいのパンチパーマ、白色セーター、白色ズボン、白色短靴で一見ヤクザ風の男(原告)を注視していると、原告は、警察官(中原巡査部長)の姿を見たとたん、顔をそらし、足早に通り過ぎようとした。

そこで、中原巡査部長は、不審を抱き、職務質問を実施すべく立番場所から三、四メートル移動し、原告に近付き「もしもし」と呼びかけると、原告は立ち止まったので、中原巡査部長が更に「どちらへ行かれますか」と尋ねた。

原告は、中原巡査部長の質問に応ずるどころか、「なぜ聞くんや、どこへ行こうと勝手やろ」、「俺に聞くなら、通る者全員に聞け」などと怒鳴り、そのまま行き過ぎようとした。

中原巡査部長は、更に不審感を抱き「ちょっと待って下さい」と原告の右上腕部分を軽く制止したところ、「なんで俺の手を持つんや」と怒鳴り、右中原の手を振り払い、そのまま行こうとした。

原告の大声を聞いて西三国派出所内で勤務中の相勤者の巡査本間琢巳(以下「本間巡査」という。)が所外へ出て、中原巡査部長とともに原告に対し質問に応じるよう説得したが、原告は、「住所は三国本町や、他の事は言う必要あらへん」、「どけ、どかんか」と言いながら、両手のひらで中原巡査部長の胸部を突いてきた。

中原巡査部長は「何をする」と言って、原告の右腕を払いのけ、本間巡査も原告を制止したが、なおも原告は、中原巡査部長の胸部を両手で突いたり、押したりし、「どかんかポリ」などと怒鳴る状態であった。

中原巡査部長らは、現場は駅前で、人通りの多い場所であり通行人がきょろきょろ見て、本人の名誉が損なわれるため、原告に西三国派出所への同行を求め、質問するべく原告を説得した。すると原告が、「電話をする」と言いだしたため、電話がすんでからの質問も可能と思い、ひとまず質問を打ち切り、電話をかけさせた。

2  原告が電話をかけている間、中原巡査部長は、本間巡査から原告が暴力団事務所に出入りしていたので二人で職務質問をしたが何も答えなかった男だと言われたこと、現在府下で暴力団の抗争事件が発生していることなどから、けん銃、覚醒剤等を所持していることも考えられたため、所持品の提示を求める等徹底した職務質問をする必要があると判断し、本間巡査とともに数メートル離れて原告を注視し、電話をかけ終わるのを待っていた。

原告は、電話をかけ終わると、近くのタバコ屋に陳列してある週刊誌を読んだりしていたが、一五分位すると先程とは反対の方向に歩き出したため、ますます不審感を強めて、再度質問をすべく、中原巡査部長が目の前を通り過ぎる原告に対し、「ちょっと待って下さい」と近寄ったが、原告がこれを無視して通り過ぎようとするので中原巡査部長らは原告の前にまわり、原告の肩に手を添え、停止を求めたところ、原告が立ち止まったので、中原巡査部長は、「あんた中西組の者とちがうの」と質問した。

すると、原告は、両手をポケットに入れたまま肩をいからせ、「俺、お前らに何も言う必要ない、なんで止めるんや」と言うなり中原巡査部長に身体をあずけ「俺が何を悪いことしたんや、お前らに何も言う必要ない」と大声で怒鳴りながら何度となく身体をぶつけてきた。

中原巡査部長らは、制止しながら後退し、「そんなことせんでもええやないか、まあ落ち着きなさい」と繰り返し言うと、原告はさらに大声で怒鳴り、これまで以上に強く、中原巡査部長に身体をぶつけてきた。そこで、中原巡査部長は、右手で原告の左腕を押さえ、左手を原告の胸にあて前に押し、「何をするか」と後ろに大きく一、二歩さがり、原告の身体を離そうとした。

原告は、ポケットから両手を出し中原巡査部長の襟を両手でつかみ、押したり、両手を振り回したりして暴れたので、中原巡査部長の制服のボタンは引きちぎられ、制帽が飛ばされてしまった。

現場は駅構内であり、改札口のそばであったため、まわりに人垣ができ、他の通行の妨害となるため、西三国派出所への同行を求めたが応じなかった。

その後、応援のパトカーが到着したためか、原告が暴れなくなったので再度同行を求めたところ、原告は、「行ったるがな」と自ら先頭に立って西三国派出所の方へ歩き出した。

再質問をしてから、西三国派出所への同行に応じるまでは、約二〇分間であった。

3  原告は、約一〇メートル先の西三国派出所へ入ると中原巡査部長らに対し「こらポリ公、俺が何したんや、逮捕する理由は何や」などと怒鳴ったりしていたが、中原巡査部長は、「まあ座りなさい」と原告をなだめて、椅子に座らせた。

原告はふてくされた様子で座ったが、しばらくして、急に大きな声で、「こらポリ公、俺の手に傷をさせたなあ、どないしてくれんや」と怒鳴るので、中原巡査部長が原告の出した右手をよく見ると示指に長さ一、二ミリのひっかき傷が認められたが、出血している様子はなかった。

中原巡査部長も右手甲の一センチ位の血がにじんでいるひっかき傷を原告に示し「あんたが暴れるから私もけがをしているやないか。」、「ボタンもちぎれたやないか」、と手の甲、ボタンのちぎれた跡を示したところ、原告は傷のことをそれ以上言わなくなった。

そして住所、氏名の質問に対し、原告は、「前に言うたやないか」と初めて答え、以前中原巡査部長らに中西組事務所前で質問されたこと(中西組事務所前にトラックを停め、家財道具を事務所に運び入れていたところを職務質問したが何も答えなかった。)を言っているようであったが、それ以上は答えなかった。

原告が中西組員と思料されたため、組長宅に連絡し、原告の確認をすべく、西三国派出所二階で調査したが、連絡先が判明しなかったため、中原巡査部長は一階へもどった。

この間、本間巡査は、「派出所に来てくれたのだから、落ち着いて質問に答えて下さい」と説得したが、原告は、「お前らにそんなもん言う必要ない」と答えていた。

更に、中原巡査部長は、本署刑事課に電話し、照会したところ、中西組幹部の電話番号が判明し、そこへ電話したが、通じなかった。

その直後、本署の上司から、本件取扱状況について電話で問い合わせがあり、中原巡査部長が応待した。

原告は、中原巡査部長の言動を見聞きしながら、椅子に座っていたが、本署刑事課、中西組関係への連絡状況等を見ていたためか、急に目つきや態度がおとなしくなった。

そこで、中原巡査部長が原告に向かって住所、氏名の確認できるものの所持の有無を尋ねたところ、原告は椅子から立ち上がり、ズボンのポケットから皮製札入れを取り出して、中身を見せたので中原巡査部長は現金(一万札)、カード、名刺等が入っているのを見た。

そして、原告は、札入れの中から一枚の名刺を取り出し、「俺はこういうもんや」と言って中原巡査部長らに差し出し、中原巡査部長が受取って見た。

それには原告が「共栄クレジット管理課長」「中西竜吉」「支店淀川区新北野三―七―一四」と印刷されていたが、更に「他に何か身分を証明するものはありませんか」と尋ね、札入れの中にあったキャッシュカードの提示を求めると、原告はこれを取り出し、中原巡査部長に示した。

そこには「ナカニシカツヒロ」(原告が家財道具を搬入していた中西組組長と同名)と刻名されていたので、中原巡査部長が、原告に尋ねると、原告は「俺の異名や、中西組なんか関係ない」と答えた。

中原巡査部長は、更に住所、生年月日を尋ねたが、原告は、「年齢なんか関係ない、住所は名刺の新北野や」と答えたので、本間巡査が「中西竜吉」について指名手配等の有無を本部に照会したところ、手配がない旨回答を受けた。

中原巡査部長らは、原告の札入れに覚醒剤らしきものが見あたらなかったこと、男を制止した際、原告の身体に触れたときの感触、外見からよく観察した結果、けん銃や、覚醒剤を持っている様子もなかったこと、名刺により住所、氏名、電話番号が一応判明したことから、職務質問をこれで打ち切ることにし、「時間をとらせて悪かった、これからも協力して下さい」と謝辞を述べ午後九時三〇分職務質問を終えた。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因事実1のうち、原告が昭和六〇年一二月二六日夜、三国駅前路上を通行中、西三国派出所勤務の警察官である中原巡査部長が原告に対し停止をさせて質問をしたこと、その際、中原巡査部長が原告に対し西三国派出所への同行を求めたこと、西三国派出所内で、中原巡査部長が原告から所持品の提示を受けたことは当事者間に争いがなく、右争いのない事実に、〈証拠〉を総合すると、次の事実を認めることができる。

1  原告は、昭和六〇年一二月二六日午後八時過ぎころ、阪急電鉄宝塚線三国駅から、帰宅のため、西三国派出所(なお、この付近の位置関係は別紙図面のとおりである。)の前を北方向に歩いていた。

中原巡査部長は、右当時、右派出所において立番勤務中であったが、原告は、格別携帯品等は有していなかったものの、パンチパーマ、白色セーター、白色ズボン、白色短靴であり、一見してやくざ風のように思えたため、これを注視していると、原告は、中原巡査部長から目をそらし、足早に歩き去ろうとした。

そこで、中原巡査部長は、不審を抱き、本件派出所の北へ三〜四メーモルほど歩き去りかけていた原告に向かって、その背後から、「もしもし」と声をかけたところ、原告がふり返ったので、「どこへ行くのですか」と尋ねたところ、原告は、「なぜ聞くんや、どこへ行こうと勝手やろ、俺に聞くんやったらそこ歩いとる者も皆聞け」と怒鳴りながら、歩き去ろうとした。

そこで、中原巡査部長は、氏名・住所・生年月日等を聞いて指名手配の有無等を確認しようと考えた。

2  そこで、中原巡査部長は、左手で原告の右腕の肘よりやや上の部分をつかみ、原告の前に回り込んで押し止めて、質問を試みようとしたが、原告は、これに応じず、「俺の腕を持ったな、人権侵害や、ポリどけ」と言って肩をゆすって中原巡査部長を押し退け、前に進もうとした。そこで、中原巡査部長は、その左手で原告の右手を払うなどした。そのころ、西三国派出所から本間巡査が出て来て、原告に対し質問に応じるよう説得に加わったが、原告は、これに応じず、なおも中原巡査部長らを押し退けて行こうとしたので、中原巡査部長は、原告をその場に押し止めた。その際、本間巡査は、「何もしていないのならば、住所・氏名くらい言ったらいかがですか。」と述べたが、原告は、「住所は三国や。ほかのことは言う必要あらへん。」と答えて、肩を揺すって、通り抜けようとした。そこで、中原巡査部長は、原告に対し「そんなに怒ることじゃないでしょう、人も見ているから派出所へ行って話を聞かせて下さい」と言って西三国派出所への同行を求めたが、原告は、これに応じないので、中原巡査部長は、その場に押し止めたところ、原告は、急に、「電話をしたい」と申し出たので、ひとまず質問を打ち切った。中原巡査部長が原告を呼び止めてから、これまでの間七、八分であった。

3  原告は、午後八時一〇分ころ、三国駅舎近くの公衆電話に赴き、同所で電話をかけていたが、その間、中原巡査部長らは、三国駅の構内で待っていたところ、本間巡査が、「あの男を知っているでしょう。以前八月に中西組の前で職務質問したが何も答えずに建物の中に入ってしまった男ですよ」と言ったので、中原巡査部長も、昭和六〇年八月午前三時ころ、暴力団山口組系の中西組の組事務所前を警邏していたところ、道路中央に貨物自動車を停めて、家財道具を降ろしていた男が二名いたので、職務質問をしようとしたところ、一階の事務所に逃げ込んで質問ができなかったことを思い出し、その時の男が現在職務質問している原告であると考え、今度も職務質問に応じていないこと及び原告が右中西組の組員らしいことから、暴力団による抗争事件や覚醒剤所持等に関係があるのではないかと疑い、職務質問によりその点を明らかにしなければならないと考えた。

そこで、更に原告の行動を注視していると、原告は、電話をかけ終えた後、そばの光久たばこ店に入り、週刊誌などを読み、なかなか外に出てこようとはしなかったが暫くして、右光久たばこ店を出た。

原告が電話をかけるべく公衆電話のある場所に行った後、右の光久たばこ店を出るまでの間は、二〇分位であった。

4  原告は、午後八時三〇分ころ光久たばこ店を出るや、足早に三国駅の構内に向かって歩き始めたので、中原巡査部長は、「ちょっと待って。」と言いながら、原告の前に立ちはだかった。そして、「君は中西組の者じゃないか。中西組の者ならはっきり住所氏名くらい言ったらどうですか。」と述べたが、原告は「関係ない、ポリどけ」と言ってこれに応じず、両手をポケットに入れたまま、中原巡査部長の方へ肩から当たるようにして前進していった。これにより、原告の左肩が右中原巡査部長の胸に当たった。中原巡査部長は、左手を原告の胸の中央に当て、原告をその場に押し止めるように押し返しつつ、二、三歩ずつ後ろに退いた。このようなやりとりがしばらく続くうち、中原巡査部長は、次第に後退していったが、その過程で、中原巡査部長が「通行人もおるし、派出所に行って話を聞かして下さい」と言ったのに対し、原告は、「俺が何を悪いことしたんじゃ、なぜ行かんとあかんのか」と言うなどの問答があった後、原告が両手で中原巡査部長の胸をつかんで、前後に押したり引いたりしたため、制帽が飛び、制服のボタンがとれたので、中原巡査部長は、本間巡査に対し、「離させ」と指示したところ、本間巡査が原告の右上胸部を両手で握り、中原巡査部長は、原告の左手首を両手でもって、先に原告を引き離した。そのため原告の両手は、中原巡査部長の胸から離れた。原告は両手を制止されていたため、これを離させようと前後左右に体を動かすなどしたが、中原巡査部長と本間巡査は、原告の動きを制止しようとし、そうした状態が五、六分続いた。

右の間、電車の乗降客など通行人が多数見物していた。そうした中、右のやり取りを三国駅舎内から見ていた同駅助役訴外馬場克己は、駅の乗降客の通行の妨害になるところから、警察にパトカーの出動を要請したため、二台のパトカーがサイレンを鳴らして現場に到着し、中から四名の警察官が降りてきた。そのため、原告がおとなしくなったので、中原巡査部長と本間巡査は制止していた原告の手を離した。

そこで、中原巡査部長は、パトカーの乗務員に対しこれまでの経緯などを話した後、原告に対し、「君が暴れるからこんなことになってしまったじゃないか、周りは人でいっぱいで、通行もできんし、自動車も通れんような状態になったじゃないか、派出所へ行こう」と言って西三国派出所への同行を求めたところ、原告は、ちょっと考えた後、「行ったるがな」と言って西三国派出所に向かって自分で歩いて行った。そこで中原巡査部長らも後に続いた。その時刻は午後八時五〇分ころであった。

6  原告は、西三国派出所に入って行った後、中原巡査部長が入ると、原告は、「こら、お前、ポリ、俺が何したんだ、捕えるなら捕えたらいいじゃないか」と言った。これに対し、中原巡査部長は、「職務質問だから協力して下さい」と言った後原告に質問を開始しようとしたところ、原告は机の上に右手を出して二度ほど大きくたたき、「俺の手を怪我させたな」と言って怒鳴り、傷を負ったことへの抗議を示した。その後、中原巡査部長が住所、氏名を尋ねると、「前に言ったじゃないか、二度も言う必要はない。」と言った。

その後、中原巡査部長が原告に対し、「何かあんたの住所、氏名の分かるようなものを持っていませんか」と尋ねて住所氏名の確認のための所持品の提示を求めると、原告は格別拒否するような態度は示さず、これに応じて現金・名刺・キャッシュカードが入っている札入れを取り出して、その中味を見せた。その名刺には、「中西竜吉」という氏名と「共栄クレジット管理課長」なる肩書と右共栄クレジットの住所、電話番号が書いてあった。これをもとに、本間巡査が、中西竜吉について指名手配等の有無を確認したが、手配に該当なしとの回答を受け、他に原告が、けん銃や覚醒剤を有しているような形跡もなかったことから、同日午後九時三〇分ころ、職務質問を打ち切り、原告を解放した。

二そこで、以下本件職務質問等の違法性の有無について検討する。

1  まず、中原巡査部長が原告に対し呼び止めて質問を開始し、原告の腕をつかんで押し止めたりしたこと(前記認定の1、2の事実)が違法か否かについて判断する。

ところで、警察官職務執行法(以下「警職法」という。)二条一項により、警察官が職務質問をするに当たっては、その対象者が異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して何らかの犯罪を犯し、若しくは犯そうとしていると疑うに足りる相当な理由のある者又は既に行われた犯罪について、若しくは行われようとしていることについて知っていると認められる者であることを要し、しかも、その者は、同条三項によりその意に反して答弁を強要されることはないのであるから、警察官は、同条一項の要件を具備しない者に対し、質問をすべく停止をさせたり、又は質問をしたり、若しくは答弁を強要したりしてはならないというべきである。

前記認定事実によれば、中原巡査部長は、原告の服装が一見やくざ風であったうえ、原告が中原巡査部長を避けて足早に去って行こうとしたため、不審を抱いて、指名手配の有無等を確認すべく質問を開始したことが認められるが、右事実のみでは、原告が前記の警職法二条一項の要件を満たすものとは認められない。

そして、右のとおり、原告が警職法二条一項の要件を具備する者に該当しない以上、中原巡査部長が原告の腕をつかんだこと及び三回にわたり原告を押し止めたことは違法というべきである。なお、前記認定事実によれば、原告も、肩をゆすって中原巡査部長を押し退けるなどの行為にでたことが認められるが、右は、理由もなく通行を妨害されることに立服して、これに対抗する意味でなされたもので、やむをえない限度のものであるといえるので、原告の右行為のため、中原巡査部長の右行為が直ちに正当化されるものでないというべきである。

2  次に、原告が電話をかけるなどした後、中原巡査部長が、原告に対し、再び質問を開始すべく前に立ちはだかるなどしたこと(前記認定4の事実)が違法か否かについて判断する。

前記認定3、4の事実によれば、中原巡査部長は、原告が電話をかけるなどした際、本間巡査から、過去に一度、暴力団事務所の前で職務質問をしようとしたところこれに応じなかった男が原告であるとの指摘を受け、加えて原告が山口組系の暴力団の組員であることの可能性があったことから、原告が暴力団の抗争や覚醒剤所持等に関係があるのではないかとの疑いが生じ、原告に対し質問をすべくその前に立ちはだかったことが認められるが、中原巡査部長が右行為にでた当時、その客観的状況として、暴力団の抗争事件や覚醒剤所持等がうかがわれる事情があったと認めることはできない(仮に、過去に原告が応じなかったとしても、そのことや、原告が暴力団員である可能性があったことは、本件の右職務質問を正当化しうる事情たりえない。)ので、原告は警職法二条一項の要件を具備する者とはいえないので、中原巡査部長の右行為は違法たるの評価を免れない。

また、前記認定事実によれば、中原巡査部長は、更に原告を押し止めるように押し返すなどしたことが認められるが、この点も、前記の違法な職務質問に引き続く停止行為として違法といわざるをえない。この点、前記認定事実によれば、原告も肩から当たるようにして前進したため、中原巡査部長の胸に当たるなどしたが、これは、中原巡査部長が原告を停止させるべく執拗に押し止める行為にでたことから生じたものと認められるので、直ちに原告を非難することはできない。もっとも前記認定事実によれば、その後、原告は、両手で中原巡査部長の胸倉をつかんで前後に押したり、引いたりするなどしたことが認められるが、これは明らかに行過ぎであって、これに対し、前記認定のとおり中原巡査部長と本間巡査が原告を制止すべく原告の両手をにぎって中原巡査部長から引き離したことはやむをえないところである。しかしながら、前記認定事実によれば、中原巡査部長らは、その後原告を引き続き五、六分拘束したことが認められるが、右は理由のない拘束として違法といわざるをえない。

3  次に、中原巡査部長が原告に対し西三国派出所へ同行を求め、原告が右派出所に同行したこと(前記認定5、6の事実)が強制によるものとして違法か否かについて検討する。

警職法二条二項、三項によれば、警察官は、その場で質問をすることが本人に不利であり、又は交通の妨害になると認められる場合においては、本人の意思に反しない限り派出所等への同行を求めることが許されるというべきである。しかしながら、右同行が本人の意思に反しないか否かは、形式的に承諾があったか否かによって判断すべきではなく、その実質において判断すべきである。

前記認定事実によれば、原告は、中原巡査部長が任意同行を求めたのに対し、「行ったるがな」と言ってこれに応じたことが認められ、これによれば、原告は、任意の承諾により右同行に応じたごとくであるが、前記認定事実によれば、原告が右同行に応じた際、中原巡査部長、本間巡査のほかのパトカーの乗務員四人ばかりでなく、電車の乗降客や通行人などが多数見物しているいわば衆人環視の中というべき状況であり、右同行をたやすく拒否しうる客観的状況にはなかったこと、原告はそれまでの中原巡査部長らの執拗ともいえる任意同行の説得に対し明確な態度でこれを拒否していたにもかかわらず、しばし考えた後急にこれに応じたことが認められ、これによれば、原告はその場で同行を拒否してもたやすく帰宅を認められそうにもなく、これ以上その場で抗争するのも具合が悪いと考え、やむなく同行に応じたものであり、右同行は、原告の任意の承諾によるものというよりは、その意思を制圧された状態でなされたと推認することができるので、右同行も、任意の承諾がないものとして違法としての評価を免れない。そして、前記認定事実によれば、その後、原告は、西三国派出所内で三、四〇分程止め置かれたことが認められるが、右同行が違法なものである以上、その後に引き続いて行われた右止め置の点も、他に特段の事由が主張、立証されない限り、法的根拠のない事実上の拘束として違法であるといわざるをえない。

4  そこで、更に、原告に所持品を提示させたこと(前記認定6の事実)が原告の任意の承諾のないものとして違法となるか否か判断する。

前記認定事実によれば、原告は、違法な西三国派出所への同行と留め置の下において、中原巡査部長に住所、氏名の確認のための所持品の提示を求められ、これに応じて現金、名刺及びキャッシュカードの入っている札入れを取り出してその中の名刺等を見せたことが認められ、右所持品の提示要求は違法な事実上の拘束の下でなされたものというべきではあるが、その際、中原巡査部長らが新たに格別の強制力を加えたり、心理的圧迫を加えたりなどした事実は認められず、かつ、右提示要求が前示駅前から前記派出所への同行を求めたときのように衆人環視の下でなされたものではなく、それまでの原告の応接態度からすれば、原告においてこれを拒否することも十分可能な状況の下でなされたものとみることも可能であることを考慮すると、右所持品の提示要求を直ちに違法なものであるとまで断ずることはできない。

file_3.jpgREBRumim NF vats FH三以上のとおり、中原巡査部長の本件の職務質問及びそのための停止並びに任意同行及びその後の事実上の拘束につき前記の違法があるところ、これは、中原巡査部長の故意又は過失により原告に対し加えられたものであることが明らかである。そして、中原巡査部長が被告の公権力の行使に当たる公務員であることは当事者間に争いがないところ、右不法行為は、中原巡査部長がその職務を行うについてしたものであるから、被告は、国家賠償法一条一項により原告の損害を賠償すべき責任がある。

四そこで、次に、原告の損害額について検討する。

1  〈証拠〉によれば、原告は、中原巡査部長の違法行為により約三日間の治療を要する右上腕挫傷、左上腕内側挫傷、右示指擦過創の傷害を負ったこと、原告は、昭和六〇年一二月二七日朝、訴外株式会社ライオン写真館へ赴き、証拠として保全するため、前記右上腕挫傷の傷害の状況を写真に撮ったこと、原告は、前記治療のため、治療費として金一万七〇八〇円支出したこと、前記の写真代として金四〇〇〇円を要したことが認められ、右の支出はいずれも中原巡査部長の前記不法行為と相当因果関係のある損害と認めることができる。なお、原告は、本事件の翌日の二七日の会社へのタクシーによる通勤のための交通費金一〇〇〇円を損害として請求しているが、仮に右支出が認められるとしても、前記認定の原告の負傷の程度からみて右は右不法行為と相当因果関係がある損害と認めることはできない。

2 前記一認定の事実によれば、原告は中原巡査部長の違法行為により肉体的、精神的苦痛を受けたことは明らかである。そして、右事実や、前記認定事実によれば、原告自身、中原巡査部長に対し、当初から不必要に挑発的かつ侮蔑的とみられる対応をしていたと認められることや、前記右上腕挫傷等の傷害も前示のとおり原告が中原巡査部長の胸をつかんで前後に押したり引いたりしたのを中原巡査部長らが制止し離させようとした際に生じた可能性が大きいと認められること、その他本件における一切の事情を考慮すると、慰藉料として金一〇万円をもって相当とする。

五以上の事実によれば、本訴請求は、損害金一二万一〇八〇円及びこれに対する不法行為以後の日である昭和六一年一月二九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を適用し、仮執行の宣言は相当でないからこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官上野茂 裁判官中路義彦 裁判官山口均は転補につき署名捺印できない。裁判長裁判官上野茂)

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